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古代より会津は関東と越後を結ぶ要所であったと考えられています。
特に戦国時代には軍事的な必要性から街道が開発され、江戸時代には「本道五街道」が整備されました。 あいづふるさと市町村圏協議会では、いにしえの会津五街道を訪ねる見どころマップを作成しました。風情あふれる会津は見どころいっぱいです。さあ時を超え、その場所へ! |

(B3見開き二つ折りサイズです)
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この「会津いにしえの旅会津五街道をたずねて」を希望者に差し上げます。 (無料ですが、送料\120をご負担下さい。) 申込先:返信用封筒と送料120円分の切手を同封の上、
郵便番号965-0037 まで封書でお申し込みください。 |
| 会津五街道 | ||
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街道の起点は若松大町一之町の四つ角(制札場があるので、札の辻とも言われました)。 いずれの街道も若松の年事・経済すべてにおいて重要なものでした。 | ||
| 名前 | 街道について | 見どころ・食べ物など |
| 越後街道 | 若松より新発田へ23里余り(約92km) |
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| 会津領の東西を結ぶ道であり、上方の塩をはじめ物資や文物、海産物や文化を会津へ導入した重要な街道であった。 |
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| 二本松街道 | 若松より二本松へ15里余り(約60km) | |
| 若松城下から中通りへの道筋として、また、藩祖正之の墓と正之を祭る土津神社参詣や友城、猪苗代城の往還路として重要な街道であった。 |
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| 米沢街道 | 若松より米沢へ14里余り(約56km) |
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| 上杉氏の城下米沢へ通じる道である、檜原峠・白布峠を通っていた。 | ||
| 白河街道 | 若松より白河へ17里余り(約68km) |
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| この街道は、滝沢峠、湊を通り勢至堂峠を経て白河へ通じる道であった。 |
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| 会津西街道 | 田島より江戸へ60里余り(約240km) | |
| 南山通り・下野街道ともいわれる。藩主の参勤交代や藩の廻米、天領御蔵入の年貢米の輸送などがあり、南山地方の産物を若松城下へ、あるいは江戸に送る道であった。 |
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| 沼田街道 | 気多宮より上州沼田へ40里余り(約160km) | |
| 越後街道の門前町の宿場塔寺駅の先にある間の宿、気多宮で右は越後街道、左は沼田街道に分かれる。この気多宮を起点として柳津、檜枝岐から沼山峠を越えて上州沼田へ通じていた。 |
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