戻る
あいづふるさと宝の里
会津五街道を訪ねて

会津五街道を訪ねて
古代より会津は関東と越後を結ぶ要所であったと考えられています。

特に戦国時代には軍事的な必要性から街道が開発され、江戸時代には「本道五街道」が整備されました。
やがて地方産物の流通・庶民の活動などを背景に街道には宿場が生まれ賑わいました。近代化により街道はその役目を終えましたが、会津五街道の歴史は今も息づいています。

あいづふるさと市町村圏協議会では、いにしえの会津五街道を訪ねる見どころマップを作成しました。風情あふれる会津は見どころいっぱいです。さあ時を超え、その場所へ!

会津五街道を訪ねて
(B3見開き二つ折りサイズです)

この「会津いにしえの旅会津五街道をたずねて」を希望者に差し上げます。
(無料ですが、送料\120をご負担下さい。)

申込先:返信用封筒と送料120円分の切手を同封の上、
あいづふるさと市町村圏協議会

郵便番号965-0037
福島県会津若松市中央三丁目10番12号
TEL 0242-24-6312 FAX 0242-24-6313

まで封書でお申し込みください。

会津五街道
街道の起点は若松大町一之町の四つ角(制札場があるので、札の辻とも言われました)。
いずれの街道も若松の年事・経済すべてにおいて重要なものでした。
名前 街道について 見どころ・食べ物など
越後街道 若松より新発田へ23里余り(約92km)
会津領の東西を結ぶ道であり、上方の塩をはじめ物資や文物、海産物や文化を会津へ導入した重要な街道であった。
  • さくらさしみ(会津坂下町)
  • ワイン(新鶴村)
  • 雷神そば(高郷村)
  • フルーツ狩り(北会津村)
二本松街道 若松より二本松へ15里余り(約60km)
若松城下から中通りへの道筋として、また、藩祖正之の墓と正之を祭る土津神社参詣や友城、猪苗代城の往還路として重要な街道であった。
  • 地酒・にしんの山椒漬け・
    ささだんご
米沢街道 若松より米沢へ14里余り(約56km)
  • 五色沼単勝(北塩原村)
  • 喜多方市内
上杉氏の城下米沢へ通じる道である、檜原峠・白布峠を通っていた。
白河街道 若松より白河へ17里余り(約68km)
  • 強清水(河東町)
  • 旧滝沢本陣・さざえ堂(会津若松市)
この街道は、滝沢峠、湊を通り勢至堂峠を経て白河へ通じる道であった。
  • にしん、まんじゅうのてんぷら(河東町)
  • こづゆ・わっぱめし
会津西街道 田島より江戸へ60里余り(約240km)
南山通り・下野街道ともいわれる。藩主の参勤交代や藩の廻米、天領御蔵入の年貢米の輸送などがあり、南山地方の産物を若松城下へ、あるいは江戸に送る道であった。
  • そば・とちもち
    しんごろう(下郷町)
沼田街道 気多宮より上州沼田へ40里余り(約160km)
越後街道の門前町の宿場塔寺駅の先にある間の宿、気多宮で右は越後街道、左は沼田街道に分かれる。この気多宮を起点として柳津、檜枝岐から沼山峠を越えて上州沼田へ通じていた。
  • 南郷トマト(南郷村)
  • 玉梨とうふ(金山町)
  • あわまんじゅう(柳津町)

トップへ